2020/02/01 02:24

せっかく制作した作品が、誰かの権利を侵害していたら。

そんなことを考えたことがあるでしょうか。

元々、プロであれアマチュア・学生であれ、自分の考えを表現する(作品にする)ことは憲法第21条(通称「表現の自由」)で認められ、強力に守られています。

2019年に話題となった「愛知トリエンナーレ」に関する騒動でもよく耳にした「表現の自由」ですが、具体的には、以下の二文のみで構成されています。

 第1項
 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 第2項
 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

絵画や立体、演劇なども、第1項の「その他一切の表現」に該当しますので、保証されているわけです。

ただし、この表現の自由も、あらゆる場面で最優先されるわけではありません。
他にも憲法で認められた重要な権利と衝突した場合は、表現の自由も制限されることがあるのです。

今回は、実際にあった事件に触れつつ、どのような権利が表現の自由と衝突する可能性があるのかを考え、社会的な作品を制作する場合、予期せぬトラブルに発展しないよう気を付けるポイントを検証してみたいと思います。

【石に泳ぐ魚】
1994年に、有名作家が「石に泳ぐ魚」という小説を発表しました。
詳しい内容は省きますが、顔に傷のある女性が登場人物として描写されています。

この登場人物というのが実在の人物をモデルにしており、顔の傷も含め、作中のプロフィールなどが、その実在の女性のものと酷似していたのです。
当然女性は、あらかじめそのような作品のモデルになることを承知しておらず、出版の差し止めを求めた、というのが事件の概要です。

作家・出版社側も、女性の求めに応じて該当箇所の修正などを何度か行いましたが、最終的に裁判に発展しました。
裁判の結果は女性の訴えの大部分が認められ、作家・出版社側は、修正以前の小説の「出版、出版物への掲載、放送、上演、戯曲、映画化等の一切の方法による公表」を禁止されました。

作品の公表の禁止というのは、まさに「表現の自由」の侵害だと思われるかもしれません。
しかし、当時大学院生だった女性の心中を考えれば、当然の判決だということもできます。

これは、女性の「プライバシー権」が、小説をそのまま発行する「表現の自由」と衝突した裁判でした。
「プライバシー権」は憲法第13条をもとに近年発生した概念であり、憲法に「プライバシーを守れ」という項目があるわけではありません。憲法第13条は以下のようなものになっています。

 第十三条
 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

とてもアバウトな内容ですよね。
実はこの憲法第13条をもとに、プライバシー権以外にも「環境権」や「幸福追求権」など、様々な新しい権利が産まれているのです。

話がそれましたが、作品を制作して公表するという芸術活動の根本にある権利は、必ずしも最強のものではないということは、心の片隅に留めておいてほしいと思います。

絵画・写真・立体その他、様々な芸術作品が、プライバシー権の親戚である「肖像権」なども含めた他の権利と衝突する可能性があります。特に、社会的な問題提起などで実在の人物や事件を取り扱うときには配慮が必要です。

作品制作の主軸に影響しないのであれば、人物や団体が特定できるような形で扱うことは避けるべきです。
また、企業のロゴなどをコラージュなどで使用する行為も、場合によっては意匠権等の侵害につながるおそれがあります。

それでも、自分の作品において上記のような表現がどうしても必要であると考えるのであれば、一度弁護士などの専門家と相談することを強く推奨します。

時に芸術表現はジャーナリズムよりも鋭く社会に影響を与えることがあります。
作品表現の種類によっては、「訴訟リスク」というものも考えてみましょう。