2022/05/23 16:42

今回は、現代美術の文脈で非常に重要だと思われるトラブルについて、私見を述べたいと思います。

なお、申し添えますと当事者双方に対して批判の意図はありませんのでご了承ください。

トラブルの詳細は美術手帖の記事に詳しく掲載されています。
Chim↑Pomとして有名だったアーティストグループが、2022年4月27日をもってChim↑Pom from Smappa!Groupに改称したのですが、その原因が作品の展示先である森美術館による「職業差別」にあると言うから驚きです。
改称に至るほどの「職業差別」が何なのかというと、森美術館側からアーティストに協賛金集めの協力要請があり、これにChim↑Pom from Smappa!Groupメンバーの関連企業(配偶者が会長を務める)Smappa!Groupが応じました。しかし、森美術館に協賛金を供与しようとしたところ、Smappa!Groupが歌舞伎町でホストクラブなどを経営しているということから、ブランディングの観点で協賛金の供与を受けることができないと断られたことにある、という主張です。

長々と経緯を書きましたが、ざっくり言えば「募金箱に募金しようとしたら、水商売のお金はいらないと断られた」ということでしょうか。これは頭にきます。職業差別もそうですが、お願いに応じたのに断られるというのが頭にきます。

Smappa!Groupは歌舞伎町で18年の歴史があり、ギャラリーや書店も手掛ける文化の発信者という側面もあります。
これに「ブランディングの観点」で関係を持ちたくないと言い放つのは、多様性に取り組む森美術館の対応として、首をかしげざるを得ないという印象を持つのも事実です。

それでは、森美術館側の見解はどうなのでしょうか。
残念ながら美術手帖の取材にはノーコメントを貫いているようで、執筆時点の現在(同年5月23日)でも、公式コメントに類するものは確認できませんでした。
一方、真意であるかはわかりませんが、先の記事において、「『まちづくり』における『ブランディング』」「森美術館はヒルズという『文化都市』の顔である」という美術館側の回答があったという記載があります。

おそらく、広報やIRに近い部署で勤務された経験のある方なら「あぁ…」と納得される内容ではないでしょうか。
そもそも公営ではない私営の美術館の場合、その設置意図は大きく以下の2種類に分かれます。
 ①個人資産の共有
 ②設置母体のCSR
上記については完全に①②で別れる訳ではなく、複合的に二つの意図が絡み合うのですが、例えば芸術家本人や遺族が運営している美術館は①の性格が強く、営利企業がグループ事業の一環として行う美術館は②の性格が強いということができるでしょう。

端的に言えば、営利企業は利益のために活動するのであって、そもそも美術館運営というものが初期の彫刻の森美術館などを除き、基本的に採算がとれないものである以上、美術館を運営することによって企業のブランディングが成されることが目的なのです。
「それでもトラブルになってしまう方がブランディング的に問題なのでは?」というご意見もあるでしょうが、企業の行うブランディングには、必ず目的があります。目的のために「ノー」ということで、場当たり的になんらかのイメージダウンが発生しても仕方がない、ということです。

それでは森美術館におけるブランディングの目的とは何でしょうか。
様々ありますが、大本は以下の一文に尽きます。

森ビルは「文化・芸術」を都市づくりのミッションの1つに掲げています。 21世紀の知識産業型社会にふさわしい都市を目指して、「森美術館」や「アカデミーヒルズ」などの文化施設を運営し、芸術や文化を身近に感じられる環境を提供しています。これらの施設は多くの人々の出会い、交流、対話の場となり、新しい知や創造、可能性を育んでいます。(https://www.mori.co.jp/business/art_cultural.html)

森美術館を運営する森ビル株式会社は不動産開発の会社なので、自分たちの商う商品(土地・建物)に付加価値を付けることが重要です。そしてこの付加価値である「文化」を体現したものが、森美術館なのです。

ここまで解読すると納得するのが、「港区の文化」に「歌舞伎町のホストクラブ」を混ぜたくない、それに伴い地価が下がるようなことがあれば本末転倒、というのが森美術館(というよりも森ビル株式会社)のブランディング方針なんだなぁ…ということですね。

ただ、これだけでは芸術家と企業のディスコミュニケーション、というよくある話に終始してしまいます。
少し考察を深めてみましょう。

このようなトラブルになる前、本展示についてこのような記事がありました。
記事の内容から、記者会見時の森美術館館長のコメントの一部を以下に抜粋します。
"Chim↑Pomはその体当たりな方法が時に物議を醸してきたが、本展ではそういった面も改めて展示で見せる工夫をしている。コロナ禍などを経て様々な分断が浮き彫りになったこの時期に本展を開催するのは、まさに時機を得たもの。ひとつ劇薬のような作品もあるが、Chim↑Pomが目指しているものを皆さんにお伝えできればと考えています"

トラブルを経てから読むと、何とも皮肉に感じませんか?
劇薬なのです。

Chim↑Pom from Smappa!Groupは、良くも悪くも額装して暖炉の上に飾るような作品を創るグループではありません。社会に対して劇薬になるような表現者であることは誰もが知っているところです。企業運営の際には「リスクヘッジ」が重視され、トラブルは未然に防ぐものだという感覚が一般化していますが、今回のトラブル、美術館側で回避するすべは本当になかったのでしょうか。
「港区の文化かくあるべし」という枠組みがあるのなら、その枠内に収まるような、キュレーションという名のコントロールができるアーティストを選定することもできたでしょうし、協賛金の供与において、メンバーの配偶者が会長を務める企業が手をあげることは事前に予見して協力を求めないこともできたでしょう。

先ほどブランディングには目的があると述べましたが、それと同様、効果的に、ミスなく目的を達成するための方法論も存在します。

今回のトラブルは業界にとって有意義な「劇薬」になりえたと個人的に思いますが、美術館側がノーコメントを貫いているので、もはや意味もなく、ただのディスコミュニケーションでしかないと思います。
もう少し美術館側がリスクを予見してブランディングの方法論を用いていたら、アーティスト側が企業のメンツをつぶさずに対話の余地を残していたら、と、いろいろ悔やまれる展開であったと総括します。